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ぼんやり「銀河鉄道の夜」の、最後の方に載っている「注解」を見ていたら、大変興味深いことが書いてあったので、思わず記事を書いてしまいました。

それはつまり要約すれば、「カムパネルラとジョバンニには双子性もしくは同一人物性がある」という記述があったのです。
以下、新潮文庫の「新編 銀河鉄道の夜」から抜粋。

カムパネルラ ユートピア物語『太陽の都 La Citta del Sole(一六〇二)で知られるイタリアの哲学者、トマーゾ・カンパネルラ(1568-1639)の名からとったものと想像されている。また、このトマーゾの幼名がジョヴァンニ・ドメニコであったことも見逃しえない。事項参照。

ジョバンニ ジョバンニはイタリアのありふれた洗礼名の一つで、英語のJhon、フランス語のJean、スペイン語のJuanなどと同じくラテン語のJoannesが変形したもので、聖書の「ヨハネ」を源としている。『キリスト教人名辞典』をひもとくと、ジョヴァンニ・カピストラーノ(1386-7456)をはじめ、この名をもらった聖人や、宗教芸術家が並んでおり、また「ひのきとひなげし」に「セントジョバンニ様」ともあって、この作品が"ある聖人(または宗教芸術家)の少年時代の物語"という隠れた意味をもつことを暗示するごとくである。また、前項で記したように、トマーゾ・カンパネルラの幼名がジョバンニであることをもし賢治が知っていたとすれば、カムパネルラ=ジョバンニのいわば隠れた双子性も注目されよう。事実、草稿を見ると賢治は何度か「カムパネルラ」と「ジョバンニ」を混同ないし混同しかけている。
(p.321-322)


気付いている人はとっくに気付いていることだと思いますが、私はなんで今まで気付かなかったんだろう、不覚!
しかし、これは「輪るピングドラム」を紐解く上で、もしかしたら重要になってくるかも知れません。

少なくとも、冠葉と晶馬が双子である由来は、これで分かりましたね。
「カムパネルラとジョバンニに双子性がある」というのを幾原監督が知っていた可能性は物凄く高いでしょうね。
高いというか、だからこそ双子にしたのでしょう。
あと、1話の考察記事にも書きましたが、やはり「銀河鉄道の夜」に於いてカトリック的要素は捨てがたいのだという裏付けにもなっているかと思います。

ただ、トマーゾ・カンパネルラの幼名がジョバンニである、という解説には、彼らの同一人物性も匂わせています。
こんなサイトも見つけました。

『新編 銀河鉄道の夜』 番外編・ジョバンニとカムパネルラの双子性について。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Lounge/3719/book.htm

かくいう「少女革命ウテナ」にも(またウテナかと辟易してしまう人、すみません)、ウテナとアンシーは同一人物であるという説はありました。もちろん、何度も繰り返しますが、そういう解釈もあるというだけの話ですが。

しかし実際的には、カムパネルラは賢治の妹で、ジョバンニは賢治なのだとも言われていますから、カムパネルラとジョバンニの同一性に注目しすぎて、そこに固執しすぎるのも良くないかなと思います。
現段階ではあくまで「双子」として描かれていますし、この先まだまだ何が起こるかわかりません。

ただ、このブログかツイッターで何度か書いていることですが、やはりジョバンニが晶馬で、カムパネルラが冠葉なのだとしたら、生きているのはジョバンニの役割である晶馬だけなんじゃないかとか、何故クリスタルのあの異世界の中で晶馬だけがまるで下界に落ちるみたいな描写なのかとか、気になることは多々あります。

今回は、ひとまずカトリック的要因を以ってカムパネルラとジョバンニには双子性があり、故に冠葉と晶馬が双子なのである、というソースが明確になったという記事でした。
幾原監督は、相当に銀河鉄道や宮沢賢治を研究しているでしょうね。

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