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ついに恐山篇です。

まず、今回の青森旅行は、寺山修司忌として
「寺山修司記念館」と「恐山」に行くことが第一の目的でしたので、
旅行の締めくくりとして恐山を選びました。

寺山修司は、映画監督でもあったわけですが、1965年に出した歌集『田園に死す』を元に、
1974年に映画として、恐山を舞台に『田園に死す』を撮っています。
日本映画史に残る有名な映画なので知っている人も多いかと思いますが、この映画は寺山の自伝的要素の強い、内面性を描いた作品です。
この記事の前に、レビューを書いたので興味のある方はご覧になって下さい。>>こちら

その、すごく楽しみにしていた恐山。
前回の大間崎から、一度下北駅へ戻り、下北駅から恐山まで、またバスで向かいます。
時刻はすっかり夕方になっていました。

最初に結論から言いますが、私は行く前の期待と帰る時の気持ちでは全く別の感想を持っていました。
期待が裏切られたのではありません。
行く前の私には、映画の舞台としての恐山を、同じ景色だけを、期待して向かったのですが、
心を弾ませるには悲しすぎる場所だったのです。
帰る頃の私の中の恐山は、映画の舞台としての恐山ではなく、あらゆる人々の情念の集まる場所としての恐山へと、変わっていました。


バスの中では、恐山の解説アナウンス(女性声)が流されていたのだけど、よく聴き取れませんでした。
でもいきなり歌を歌いだして、それが
「これはこの世のことならず 死出の山路の裾野なる 賽の河原の物語」という地蔵和讃だったので、もうそのアナウンスが怖いのなんの・・・昭和の香りのするアナウンスでした。
寺山修司の「書を捨てよ、町へ出よう」にも、この唄が子守唄だったと書いてありますので、ああ、こういうメロディーなのかと思いました。

▼かなり恐山へ近付いてきたところに「恐山冷水」があります。
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この場所が俗界と霊界の別れ目で、冷水を1杯飲めば10年、2杯飲めば20年、3杯飲めば死ぬまで若返ると言われているお水です。バスの運転手さんが、一度ここで降ろしてくれました。

▼恐山へ到着。入り口です。
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バスで向かっている途中から、気付いたら硫黄の匂いでいっぱいだったのですが、恐山へ到着してバスを降りた瞬間の硫黄の強烈な匂いにとても驚きました。

▼入り口を入ってすぐ。向こう側に見えている門は平成になってから建てられた新しいもの。
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▼ものすごく美しい空でした。
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▼この日宿泊した、恐山宿坊の外観。
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▼内装。2007年に立てられたばかりで、とっても綺麗です。
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▼チェックインするカウンターと広間
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▼私の泊まったお部屋です。一人なのに10人部屋!
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横にもう一室あるのです。

▼18時から夜ご飯。夜ご飯の前に、この紙をお坊さんが読み上げて下さいます。
食事心得

▼お箸。これは記念として頂けます。
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▼晩御飯!精進料理なので、お肉はありませんが、とっても美味しかった!
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ご飯を食べ終わったのが18時半くらいで、まだ外がうっすら明るかったので、外を散歩しに出かけました。
宿坊に泊まっている人以外は入山出来ない時間なので、誰もいません!

▼夕陽とのコントラストの山門。
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▼「田園に死す」ファンとして、ここはたぎります!
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同じ場所!奥に見えているのは地蔵殿です。
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▼右手側に見えるのは温泉「古滝の湯」。
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▼山の方へ行くと、ガスが噴出して白いスモークを炊いたようになっています。
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完全に天然でこんな状態なのですから、凄いです・・・。
もちろん、周りは硫黄の匂いで充満しています。(宿坊の中も)
正直、ここまで凄いと思っていなかったので、大変驚きました。

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▼美しい湖、宇曽利湖(うそりこ)です。
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それから、夜恐山内をフラフラしていたら、お坊さんが話しかけて下さって、30分ほど立ち話をしました。
恐山の冬がとても厳しいのだということ、その方は近所に住んでいて、4月から10月までは恐山に棲み、お勤めなさるそうです。
この日はとても晴れていたのですが、こんなに晴れたのは今年自分が入山してから初めてだとのこと。
恐山大祭の時はたくさんの人が来るけど、最近は減少傾向にあるとか、昔は、もっと山が青々としていたとか。
山の頂上に飛行機レーダーがあって、それは日本にまだ4つしかないうちの1つだそうで、
そのときも飛行機が上空を飛んでいました。
展望台が近くにあり、そこからねぶた祭を見たり、花火を上から見るのが乙だと言っていました。
あまりガスに当たると身体に悪いから気をつけるようにと気遣って下さいました。

お風呂はすごく気持ちが良かったのですが、外にあるお風呂(混浴も含めると四つあって、恐山内に小屋が建てられています)には一人で行き辛くて入りませんでした。
お風呂は硫黄が凄いので、シルバーアクセサリーは一瞬で黒くなってしまうんだそうです。
でも、後から聞いたらそちらのお風呂はものすごく美肌効果があるんだとかで今後悔しています。笑
翌日のガイドさんに聞いたのですが詳しくは後ほど書きます。

この日は、ここまでの写真を撮って、お風呂に入って本を読んで、
22時前に外に出てみたら、空が物凄く綺麗で感動しました。
北斗七星があんなにくっきりと見えたの、初めてです。

22時消灯厳守なため、この日は就寝。



さて、日付変わって5月6日。青森最終日です。

この日は朝6時起床。6時半から、宿坊に泊まる人間は朝のお勤めがあります。
「地蔵殿」でご祈祷し、「本堂」で焼香します。

基本的には「地蔵殿」でのご祈祷はお坊さん3名のご祈祷を座って聞きながら手を合わせます。10分、15分くらいです。
その後「本堂」へ移動してご焼香します。

朝7時半に朝食。朝食もとっても美味しかったです。
8時半には、総門のところにガイドの方がいらっしゃるとのことで、ガイドのお願いをしに行きました。

加藤さんという、幼少期から近所にお住まいの方が案内して下さいました。
恐山を一周して色んなお話をして下さるのですが、一周一時間ぐらいで三千円です。

感想から入りますと、もし恐山に行く機会があったら是非お願いするべきだと感じるものでした。
色んなエピソード、お話しを聞くことにより、恐山というところがどんなところなのかよく分かります。
ガイドを聞いたあとはとても色んな感情が押し寄せてきて、とても胸がいっぱいになってしまいました。

マップ。恐山でもらったやつ失くしちゃったのでるるぶから拝借。
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ガイドはこの赤い矢印のように一周します。
以下、ガイドさんが教えてくださったことなどの簡単なまとめです。

▼「恐山」とは
「恐山」という名前なのでそういう名前の山なのだと思われがちだが、山に囲まれているだけで山ではない。仏教の「総本山」などの「山」と同じ「山」であり、あくまで寺の呼称。高野山、比叡山と並ぶ日本三大霊場の一つである。
横には、火山が爆発して出来た湖、宇曽利湖(うそりこ)がある。

862年に慈覚大師円仁が開山した。
慈覚大師円仁が、 夢で「汝、国に帰り、東方行程30余日の所に至れば霊山あり。地蔵尊一体を刻しその地に仏道を広めよ」という御告をうけ、夢で告げられた霊山を探し歩いた。苦労の末、恐山にたどり着いたと言われている。
しかし一旦、戦で廃寺となりますが、1530年に再興しました。

ガスの噴出すおどろおどろしい部分は地獄、湖のある方は極楽と分かれています。

▼「恐山」という名前の由来
宇曽利湖(うそりこ)の「うそり」が訛って「おそれ」になっただけなので、恐ろしい場所だから「恐山」というわけではない。

▼温泉の数々
特に外の小屋になっている四つの温泉が肌の傷などの再生にとても効果的である。
ガイドの加藤さんは子供の頃頭に怪我をして、皮膚が病院に行っても治らず、2ヶ月かかると言われたものが、1週間毎日ここの湯に入ったら治ってしまったことがあるのだと、ご自身も信じがたいが事実なのだという様子で語って下さいました。
そんなに肌に効果的なら入っておけば良かった・・・!笑
以前は四つ全て混浴だったのだが、お客さんの希望により「花染の湯」以外は分けたそうです。
一番お肌に効果的なのは「花染の湯」らしい。

ここから下、なんだか写真を撮るのが憚られましたので写真少な目です。

▼納骨塔
地蔵殿から左手へ抜けると地獄めぐりの始まりです。すぐに見えるのが納骨塔。亡くなった人の歯を塔の穴から入れるのですが、勝手に入れてはいけません。ちゃんとお寺にお金を払ってお経を詠みます。でも勝手に入れちゃう人も多いんですって。

▼大王石
閻魔大王のような大きな石があります。閻魔大王は四十九日までに故人の判決を下し、極楽浄土へ行けるかどうかを決めると言われています。

▼至る所に積み石が・・・
恐山には、至る所に積み石がされています。これは、子供たちが三途の川で積んでいる石です。
親より先に死ぬという罪を、積み石で償っているのです。なので、早く子供たちの魂を成仏させてあげようと、至る所に積み石がされています。
中には故人のフルネームが入っている石が混ざってるのですが、それは意味がないからやめて欲しいとのことでした。
恐山の石ではなく、よそから持ってきた石に故人の名前を書いて恐山に置いて行く人がたくさんいるのだそうです。
恐山は火山なので、石の形状が白くゴツゴツしていますが、名前の書いてある石は丸くツルツルしているので、すぐにわかるのです。

▼八葉塔
上のるるぶのマップでは棒みたいなのが立ってますが、今は大きなお地蔵様が新設されています。
お地蔵様には何種類かあり、こちらに立っているお地蔵様は片足を立てたお地蔵様で、「すぐに人々を助けに行けるような」体勢になっているとのこと。

▼八角円堂
八角になった建物です。子供の頃に亡くなった方たちの、服や靴がおいてあります。みなさん、「もし生きていたら**歳」というのに合わせて、本当は着るはずだった制服だとか、もし成長していたら食べることが出来たであろうものを置いていかれるのだそうです。靴に関しては、本来はわらじなどを置いていたそうですが、今は故人の履きやすいように普通の靴を置いておくのが一般的なのだとか。

八角円堂の中には赤い服を着たお地蔵様がいらっしゃるのですが、そのお地蔵様の服の裾が、朝濡れていることがあって、それは恐山の中を、守り歩いているためだと言われているそうです。

この裏に山があるのですが、大祭の時には山一面が真っ白になるのだそうです。
その正体は、故人の魂のための白いタオル。それを、木に縛り付けるのです。
恐山では、死者の魂は山の上に向かっていくといわれていますので、その白いタオルも上に縛れば上に縛るほど故人にとって良いのだということです。わらじなども縛ります。亡くなったのが赤ちゃんや子供の場合は、とっても小さなわらじが縛られます。

▼天然の塩!

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なんとこのあたりにだけ天然の塩が取れるとのことで、舐めさせてもらったけど本当にお塩でした。
白くなってるところが塩になっています。この塩を舐めれば健康で居られると伝わっているそうです。
夏はもっと一面が白くなるのだそうです。

▼血の池地獄
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赤い酸化鉄の源泉が流れてくるので、岩が赤くなっています。
お金を投げる人が居るんだけど、それも意味がないとのこと。

▼極楽浜(宇曽利湖)
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カメラのモード間違えたせいで、変な色合いになってしまいました><;
実際はとっても綺麗なエメラルドグリーンの湖です。夏になるとより一層エメラルドになるのだとか。
火山が爆発して出来た湖で、酸性が強いため、ウグイという魚一種類しか住んでいません。この魚以外は住めないのです。逆に、ウグイはこの水でしか生きられないらしいです。
水深は深いところでも15mぐらい。砂浜が真っ白でとっても綺麗です。
6つの山の真ん中に恐山があるので、風が吹いているのですが、この風がぴたりと止んだ時の湖が特に美しいんですって。

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これは山の上の方から撮った写真。絶景のベストスポットです。

▼重罪地獄
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恐山には「○○地獄」とつく場所がたくさんありますが、ここは「男の人が女のことで罪を犯すと行く地獄」なんだとか。
なので遠慮なくシャッターを切れました。笑

▼風車
恐山には風車のイメージを持っている人もたくさんいらしゃるのではないでしょうか。
風車は子供たちの遊び道具です。恐山は特に水子の霊を供養にくる方が多いため、風車を置き、回る風車を見て、水子の霊が遊んでいる、と親が慰めのために置いていかれるのだそうです。


このようにして、一周ガイドしていただいたのですが、書き切れないことをたくさん教えて頂きました。
至る所に居るお地蔵様、水子地蔵、風車、積み石・・・

水子の霊を供養に来る方がとても多いため、亡くなった子供たちの名前と年齢の入っている石だとかが至るところに置いてあり・・・(本当はしてはいけないのだそうですが・・・)
「大切な人を亡くされた、色んなひとたちの気持ちの集まっている場所です」と教えて下さいました。

積み石は、一般的に言われているように、鬼が積み石を倒してしまうため、鬼を転ばすために、草と草を結んだりします。それで、鬼を転ばす魂胆なのです。
私の行った時はまだ草が生えていなかったのですが、秋頃になると60センチぐらいになる草が一面結ばれるようになるのだそうです。

水子の霊というのは、元々は母親が心の中で供養するだけのものだったらしいのですが、
昭和になってから、水子地蔵が普及し始めたのだと伺いました。
私はもっと昔から水子地蔵が存在していたと思っていたので、意外でした。

他にも、真横に上質な硫黄の採掘できる場所があって、戦争の時にはそこから硫黄採掘が行われたそうなのですが、その硫黄は爆弾に使われたのだとか・・・
ガイドの加藤さんは、「一番怖いのは人間ですよ。霊を鎮める場所から採掘した硫黄で戦争するんですから」と仰ってて、それが印象的だった。

加藤さんは子供の頃から恐山でかくれんぼしていたそうで、その頃はわけもわからずかくれんぼとかしていたけれど、恐山は自分にとって特別な場所だと仰っていました。
東北地方や北海道の人は、死んだら魂は恐山に行くと信じている人が多いのだそうです。

▼そして、恐山入り口よりもっと手前に、「三途川」があるためそちらまで歩いていきました。
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橋のどちら側かわからなかったんですが、心の清らかでない人にはこの橋の向こう側が針の山に見えて、この橋は渡れないのだとか。
実際に、人におぶわれても気分が悪くなって渡れない人もいたのだと教えて頂きました。

宇曽利湖と三途側が繋がっています。

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▼最後に、地蔵殿(昼間バージョン)
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昼過ぎに、恐山を後にしました。
とても色んな想いが胸に迫るなか、このあと東京に帰ります。

次の記事で、東京へ帰るまでと、今回の旅行の総括をまとめたいと思います。

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